観光庁「観光DX」成果報告会イベントレポート――Session2「観光DXで実現されるこれからの観光」

 2023年3月8日に開催された観光DX成果報告会「Next Tourism Summit 2023」では、今後のさらなる観光戦略の在り方を探るため、有識者による2つのトークセッションが実施されました。

Session2は、株式会社リクルートのじゃらんリサーチセンター長・沢登次彦氏、東北芸術工科大学の客員教授・陳内裕樹氏、旅行系インフルエンサーの大迫瑞季氏らによる、観光DXが創り出すこれからの観光の在り方に関するトークセッションです。ファシリテーターはブランコ株式会社の山田泰弘氏です。

■鍵を握るのはデジタルネイティブ世代の活用

山田:まずは旅行系インフルエンサーとして活躍されている大迫さんにお聞きします。日頃からさまざまな観光地を訪れていると思いますが、行き先はどう決めているんですか?

大迫:最近はInstagramやTikTokなどのSNSを見て決めることが多くて、純粋に「楽しそうだな」と思う風景に出会った際にすぐ調べてみて、近場であれば足を向ける感じですね。私は静岡出身なので、帰省のついでに岐阜や愛知などの近隣エリアを訪ねることも多いです。

山田:「スマホ観光」というのは昨今、1つのキーワードだと思いますが、非常に今っぽい視点ですよね。しかしこうしたSNS活用は、『じゃらん』というメディアをベースにされている沢登さんにとっては、競合相手というイメージなのでしょうか?(笑)

沢登:いえいえ、旅に向かうきっかけはSNSで見つけていただき、宿の予約を「じゃらんnet」でやってもらえれば何も問題はありません(笑)。ただ、5年先、10年先を見据えた時、予約に向かう動線というのは、さらに劇的に変わっていくでしょう。

では、どのように変化するのかというと、これは我々が頭の中で考えても結論は出ませんから、デジタルネイティブ世代をいかに戦力として活用するかが問われると思います。当の若者たちは自分たちが戦力になれる自覚はないかもしれませんが、うちのインターンシップを見ていても十分な戦力なので、各地域がいかにこの世代を巻き込むかは重要だと感じています。

山田:陳内さんはまさに、観光デジタル変革についての記事を執筆されています。

陳内:そうですね。コロナ禍で世の中のデジタルシフトが進みましたが、マスクが取れたことで元に戻ってしまっては意味がありません。旅行者側の考え方はコロナ前と大きく変わっているので、それをお迎えする事業者側も引き続き自分たちの仕事をアップデートしていかなければならないでしょう。

沢登:そこでうまくデジタルネイティブ世代の活用が進めば、アップデートのスピードはいっそう速くなるかもしれませんね。

陳内:ダイバーシティもそうですが、変化が激しい時こそカルチャーを変えるべきです。その意味では若手の活用はもちろん、インバウンド対策を考えるなら、外国人材の活用だってもっと進めていいはずです。

山田:確かに、若い客層を呼び込む施策を考えるための有識者会議に、1人も若者が参加していないケースなんてざらですものね。これはいかにもおかしなことです。

沢登:観光にかぎらず若い人材が会議に参加すると、そこにいる面々に若い世代の気持ちを理解しようという考えが生まれます。こうした気付きは非常に大切だと思います。

■変化に対して迅速に対応できる“筋肉質”な組織づくりを

山田:では、観光業におけるこれからのテクノロジー活用についてはいかがでしょう。

陳内:個人的には、あまりテクノロジーという言葉に惑わされないほうがいいと思っているんです。というのも、デジタルはあくまで手段に過ぎず、世の中もすでにデジタル前提の社会になっているからです。つまり、テクノロジーそのものよりも制度設計に主眼を置くほうが大切で、「デジタルがあるからこういう制度にするべき」という考え方のほうが健全だと私は思います。それはつまり、変化のスピードに高速で対応できる体質づくりと同義です。5年後には世の中はますます変化しているわけですから、なおさらです。

山田:ちなみに、大迫さんは5年後にはどういう旅行がしてみたいですか?

大迫:今はSNSで気になるスポットを見つけたら、とりあえず保存するようにしていますが、これがそのままSNS上から旅の予約ができるようになっていれば、さらに便利になりますよね。旅に出るハードルも下がると思いますし。

沢登:以前、学生の皆さんにグループインタビューを行なった際、なぜSNSで「いいね」を押すのかというと、自分の興味関心に最適化された情報が送られてくるようにするためだ、というお話がありました。だから究極をいえば、「いいね」をクリックして最適化された選択肢の中から実際の行き先を選ぶという、2クリックで完結するのが利便性の極地といえます。

陳内:テクノロジーは今後も変化を重ねていくはずで、そのスピードはさらに倍速で速くなるでしょう。しかし、どういう方向へ変化していくのかは、正確にはわかりません。だからこそ、事前に立てた計画に縛られないことも大切です。観光業の当事者は計画に縛られず、変化に対して敏感に対応できる筋肉質な組織でなければなりません。

極端にいえば、各地の観光案内所もやがて不要になると思われます。旅先でわざわざ列に並んで情報を得たい人など本当はいませんから、旅マエも旅ナカも旅アトもすべてデジタルが前提で、スマホ上で済ませられるのが理想です。一方で、その地域ならではの食やお酒など、旅の本質的な醍醐味は今後も変わらないので、お迎えする側はその価値を最大限に高めるために、旅行者に無駄な時間を使わせないよう、デジタルホスピタリティをいかに整備するかを考えるべきです。リピーターはそうした状況でこそ生まれるのだと思います。

■旅ナカには大きなチャンスがある

山田:結局のところ、旅行者のニーズに寄り添うことが第一である、と。そのうえで、その時々のテクノロジーをいかに取り入れ、いかに変化していくかが重要なわけです。

沢登:そうですね。そこで問題なのは「何からはじめるのか」ですが、まず言えるのはデータをちゃんと利活用すること、そしてそのために今ある技術をうまく導入することです。実は事業者の皆さんが思っている以上に旅ナカにはチャンスがあって、旅行者のおよそ半数が、旅先で情報を得て追加行動を決めたいと考えているというデータも存在しています。

半数というのは非常に大きな数字ですが、そこに的確な情報が届けられているかというと、現状はそうではありません。実際、旅ナカの情報に満足している旅行者はおよそ2割に過ぎないというデータもあるほどです。本来この旅ナカの動きというのは、消費額を上げる大きなポテンシャルになるはずですから、ここでデジタルを活用しない手はないですよね。

大迫:確かに、私も旅先のホテルで地元の飲食店情報を聞くことは多いです。ホテルのフロントの方にお勧めのお店を聞いたり。

沢登:そうですよね。旅先でちょっと何かが食べたいという時に、痒いところに手が届く情報提供が、DXによってもっと実現できるはずなんですよ。ところが、そこで観光案内所を頼ろうにも、地域の事業者からの出資で成立している組織なので、基本的には参画事業者の範疇で情報を提供することしかできません。でも旅行者からすれば、目の前にいるスタッフの個人の意見を聞きたいのが本音で、そこに根本的な課題があると思います。

大迫:なるほど……。こちらが求めている情報がもらえないのでは、意味がないですよね。

沢登:これからインバウンド客がもっと増えるのに、もったいないですよ。本当は、地域の人々が一番良いと思っている場所を旅行者に提案してあげて、そこで最大限に満足してもらうことで、リピートに繋げていかなければならないのに。しかし、実はこれは『じゃらん』でも未だに実現できていないことの1つなんです。ユーザーIDに紐づけて適宜情報を発信するのは難しくないのですが、各地域の最新の情報を集めることが、現状の体制ではなかなかできなくて。

陳内:観光案内所では1年間365日、訪れた旅行者と1対1で最新情報をまじえたコミュニケーションが取られているのに、それがデジタルで共有されていないのが問題だと思います。もし観光案内所で日々繰り返されている会話を、データ化して共有することができれば、非常に価値の高いデータになるはずで、それが本当の意味でのおもてなしにも繋がるのではないでしょうか。

山田:なるほど。やはり最終的には、何のためにDXするのか、目的をよく吟味する必要があるという結論に着地しますね。本日は皆さんそれぞれの立場からの貴重なご意見を、ありがとうございました。

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【観光DX成果報告会のアーカイブ動画】

 今回まとめたトークセッションを含む、観光DX成果報告会「Next Tourism Summit 2023」のアーカイブ動画は、観光DX公式YouTubeチャンネル(下記URL)よりご覧いただけます。