観光庁「観光DX」成果報告会イベントレポート――Session1「観光DX事例から学ぶ、地域が稼げる仕組みづくりと取り組むべきプロセス」

 2023年3月8日に開催された観光DX成果報告会「Next Tourism Summit 2023」では、今後のさらなる観光戦略の在り方を探るため、有識者による2つのトークセッションが実施されました。

Session1は、まずは株式会社西村屋の常務取締役・池上桂一郎氏、株式会社博報堂ケトルのチーフプロデューサー・日野昌暢氏、観光庁・観光地域振興部観光資源課の秋本純一氏による、真に稼げる仕組みづくりとは何か、そのヒントを探るトークセッションです。ファシリテーターはブランコ株式会社の山田泰弘氏です。

■観光促進の基本は「行ってたのしい」、「来てうれしい」

山田:観光業の基本は、旅行者にとっての「行ってたのしい」、地域にとっての「来てうれしい」であり、これは観光DXの観点においても大切なことだと思います。まずは観光庁の秋本さんから、この点についてご解説をお願いできないでしょうか。

秋本:DXといっても、その目的をどう設定するか、皆さん悩まれるのではないかと思います。消費額なのか、単価なのか、それとも宿泊日数なのか。さまざまな数字があるなかで、観光における最大の目的とは、「行ってたのしい」、「来てうれしい」が根幹になると考えられます。

重要なのはそのサイクルをどう回していくかで、旅行者に「また行きたい」と思ってもらうためには、次の予約に向けたレコメンドを行う必要があります。そこで観光事業者側はさらなるもてなしのために、宿泊データや消費データをしっかり押さえておくべきで、DXとは旅行の目的を1つでも増やすための手段であるといえます。

山田:ありがとうごいます。その点、池上さんは豊岡観光DX推進協議会の一員として、城崎温泉エリアのDX事業(取組概要紹介:https://kanko-dx.jp/case-study/96/)に取り組んできた立場ですが、旅行者に再訪を促すためにどのような施策を行なっているのでしょうか。

池上:事業者側からすると、再訪していただくためには一度目の旅行で満足してもらうことが大前提になります。そこで城崎温泉では、街全体を1つの温泉旅館になぞらえて、どの宿に泊まっても利用できる外湯を用意したり、誰でも使える置き傘を配備したり、多角的に取り組んできました。

今回の実証事業では、お客様の満足度をさらに高めるために、事業者側に共通PMS(※顧客予約管理システム)の導入を進めてきたわけですが、背景にはデジタルに明るい地域の若手事業者たちの存在があります。城崎温泉という伝統ある地域の中で、こうして若い世代の取組によっておもてなしの体制が整えられていくのも、城崎温泉らしい一面であるといえます。

日野:よく指摘されるように、DXが目的化しては無意味ですから、“何のためにそれをやるのか”が周知されていることは、非常に重要だと思います。デジタルの分野はどうしてもリテラシーの差が生じますが、すべてはお客さんに喜んでもらうための取組であり、尚且つ自分たちの業務を効率化するためのものだと理解した上で、一丸となって取り組む必要があります。

山田:その半面、事業者間では少なからず競争もあるはずですよね。城崎温泉ではそのあたりが障壁になることはないのでしょうか?

池上:もちろん各社、他の事業者がどのようなサービスを提供しているのか、チェックはしています。しかし、お客様はまず城崎温泉というエリアを旅先に選んでくれたわけですから、この街へ来てくれた人を満足させることを第一義とした上で、互いに切磋琢磨する土壌はあると思いますね。

日野:そこは大切ですよね。今年度の実証事業の中でいえば、アースホッパーコンソーシアム(取組概要紹介:https://kanko-dx.jp/case-study/100/)のように、複数のスキー場を横断した取組がありますが、参画事業者それぞれの利益より前に、まずはこのプラットフォームの中でユーザーをいかに喜ばせるかに注力していたのが印象的です。

この事業はそもそもアースホッパーがなければ始まらなかったもので、これが各事業者同士が協議する起点になっている点は見逃せないと思います。この取組がどのような未来に繋がっていくのかを、各自がイメージしながら事業に取り組むことが大切です。

 

■「域内観光GDP」で考える観光業の実態

山田:話題に挙がっている通り、地域が一枚岩になることは非常に重要で、ここではその効果を紐解く「域内観光GDP」という言葉に注目したいと思います。秋本さん、解説をお願いできますか。

秋本:せっかく地域内で合意が取れても、地域全体の消費額が上がらなければ瓦解してしまうリスクもあるでしょう。そこで成果を可視化し、課題をあぶり出すために用いられるのがこの域内観光GDPです。単純に、「入込客数×宿泊日数×単価」で売上高を測定するところまではこれまでも行われてきたと思いますが、ここにさらに訪問頻度や域内循環率を加えることで、キャッシュフローの中で地域にどれだけの経済効果が生まれているのか、訪れているのがどのような人なのかがわかるようになります。

こうして方程式にするとシンプルに見えますが、実際にやろうとすると、たとえば訪問頻度を知るには個々の旅行者についてより深く知る必要がありますし、域内循環率を高めようと思えば地域内の生産性を上げなければならないなど、さまざまな難しい問題に直面するはずです。しかしその分、地域の課題が見えやすく、効果は大きいと考えられます。

山田:たしかに、最初の3要素は各宿泊施設で追うことができても、残る2要素は地域全体で取り組まなければならない問題を含んでいますよね。城崎温泉が重視しているのは、特にどの要素ですか?

池上:すべて重要というのが正解ですが、わかりやすいのはやはり単価でしょうね。昨今の原価上昇もあり、ここを上げるのは重要で、売上アップにも直結します。しかし周遊促進を図るにはお客様のユニークデータを取らなければなりません。とりわけ鍵を握るのは訪問頻度と域内循環率で、地域のあらゆる施設や事業者の協力が不可欠です。

日野:観光地には宿泊業のほか各種観光施設、飲食店、農家など、本当に多くの事業者が存在しています。領域をまたぐと調整が難しくなるのが常ですが、そこはこれから目指す未来は一致しているということを伝えなければならないですよね。だからこそ“人”の部分が大切で、それぞれ求めるメリットが異なる人々を、目的と手法を伝えてまとめあげるプロデューサー的な存在がいなければなりません。

池上:そのためにも、働く側の人材が遍くデジタルについてのリテラシーを上げることはやはり大切だと思います。結果としてそれが、観光地経営の高度化に繋がるはずですから。

山田:まさしく、観光庁がかねてより掲げてきた「観光デジタル人材の育成・活用」が必要ということですよね。

秋本:そうですね。観光DXというのはつまり、旅のレコメンド情報は旅行者の利便性向上に通じ、宿泊や消費データの蓄積は地域の観光産業の生産性向上に通じます。これらは地域のデータベースを拡充し、観光地経営を高度化させるために不可欠なものです。ただ、誰がそれを担うのかがポイントで、観光庁では観光デジタル人材の育成・活用を重要課題として提示している次第です。そうした人材の育成が、産業にも観光にも旅行者にも波及していくフローをつくれなければ、観光DXはなかなかうまく進みません。

日野:概念として、旅行者であれ観光デジタル人材であれ、“人”が考え方の中心にあるというのは重要なことです。何のために観光DXをやっているのかというと、我々はあくまで旅行者のために取り組んでいるわけですから。また、その“人”のなかに、地域で働く人々が含まれることも忘れてはいけないと思います。DXによって省力化されたリソースが、そのままおもてなしに充てられたり、次の戦略を練る時間に充てられたりといったことはありますからね。

山田:そうですね。旅行者だけでなく、もてなす側も楽しいというのが理想的な形ですよね。

秋本:産業側からのアプローチにも、宿泊だけでなく飲食や交通、小売などさまざまな視点があります。宿泊を核としながら、地域内でそうした事業者の皆さんがいかに連動するかが、観光DXを理想的に進めていく鍵になるのでしょう。観光消費は今後まだまだ何倍にも増えていくはずですから、現状のプレイヤーだけではとても賄いきれなくなります。そこで人材を拡充したり、業務を引き継いだりする際には、目指す姿や現状をデータで定量的に示すことができるのがベストです。デジタルを使う目的のひとつは、まさにここにあるのではないでしょうか。

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【観光DX成果報告会のアーカイブ動画】

 今回まとめたトークセッションを含む、観光DX成果報告会「Next Tourism Summit 2023」のアーカイブ動画は、観光DX公式YouTubeチャンネル(下記URL)よりご覧いただけます。